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■緑回復の知恵:
「礫床河川の後背水域に関する研究- 植物の生育立地としての機能- 」


緑 回 復 の 知 恵  礫床河川の後背水域に関する研究−植物の生育立地としての機能−
-----東京農工大学農学部地域生態システム学科 吉 川 正 人

■はじめに
 栃木県内を流れる鬼怒川でヤナギ類の調査をしていた5 年ほど前、河川敷にしばしば本流とは切り離された池のような止水域(写真1 )がみられることに気づき、興味を持った。河川にできる隔離水域としては、蛇行河川の蛇行部分が取り残された三日月湖や、増水時にだけ水が流れる支流路のようなものがある。しかし、礫床河川である鬼怒川の河川敷にみられる隔離水域は、形状や形成場所からみて、これらとは質的に異なる独特のものであると考えられた。また、乾燥した河原が広がる礫床河川の河川敷の中で、こうした水域の周辺だけは島のように植物が茂っており、植物の生育立地としての重要性が予想された。 そこで、このような止水域を「後背水域」と呼ぶことにし、その成因や植物の生育場所としての機能について調べてみることにした。今回は、その結果について簡単に紹介したい。

■後背水域はどのように形成されるか
 礫床河川の後背水域も、三日月湖などと同様、本流から流路の一部が切り離されてできたものである。しかし、空中写真を利用した調査の結果、そのできかたは礫床河川に独特のものであることがわかってきた。 礫床河川の後背水域の大きさは数十m から数百m まで幅があるが、形状には一定の規則性があった。多くの場合、水域は細長く下流側の幅が広いなぎなた型ないし雨だれ型をしている(図1 )。 また、長さと幅の比率もほぼ一定であった。これは礫床河川の河道特性に関係する。礫床河川では河道全体にうろこ状の砂州が配列し、流路はその縁をぬうように流れている。その結果、ひとつの砂州の辺縁に沿って、早瀬−渕−平瀬−早瀬というくり返しをもったユニットがつくられ、このユニットが連結することによって網目状の流路がつくられる。 後背水域の形状や縦横比は、この河道ユニットのものとよく一致する。すなわち、礫床河川の後背水域はひとつの河道ユニットを単位として本流から切り離されたものであり、その構造的な特性をよく残しているといえる。また、後背水域は一度できたら永続するものではなく、増水のたびに形成と消失を繰り返している。 鬼怒川中流の37km の区間で約5 年ごとの空中写真を比べてみると、5 年間で40 から70 個の後背水域が消失し、同程度の数が新たに形成されていることがわかった。5 年以上存続しつづけるのは全体の2 割程度である。つまり、ひとつの後背水域の寿命は数年であり、同じような形態の水域が場所を変えて、次々と現れては消えていくという実態が明らかになった。

■植物のハビタットとしての後背水域
 後背水域の周辺には本流の流路沿いとはかなり異なった立地環境が創りだされる。植物のハビタットとしての最も大きな特徴は、増水時以外は本流から隔離されている止水域だという点である。 礫床河川では流速が大きいため、本流の水際はきわめて不安定な立地で、植物はわずかな増水でも流される危険性が大きい。しかし、後背水域では流水による物理的な破壊作用がないので、水際での湿生植物の生育が可能になる。 サンカクイ、コガマ、ミクリなどの抽水植物群落は、本流の流路沿いには決してみられず、後背水域の水際だけに特徴的に現れる。また、後背水域周辺には、一定の規則性をもった表層堆積物の面的な分布が認められる。これは河道ユニットの構造に関係したものである。 早瀬にあたる部分では粗大な礫が多く、渕にあたる部分の水衝部は深掘れして河川敷との間に比高差ができる。逆に湾曲部内側では巻き上げられた細かい砂が堆積し、河原から水中へなだらかな傾斜ができる。このような表層堆積物の違いに応じて、異なる植物群落が発達する。たとえば、礫が卓越する早瀬由来の部分(水域の上端)には、流れ着いた地下茎の断片から再生したツルヨシが群落をつくることが多い。 湾曲部内側の水際の砂地には、小〜中型のカヤツリグサ科やイグサ科植物からなる群落が成立する。
 さらに場所によっては、上流で伏流した地下水が湧水となって湧き出していることも多い。伏流水がある場所では一定の流れが生じ、冬でも水が凍らないため、冬緑性の水生植物の生育場所となる。鬼怒川では外来植物であるオオカワヂシャやオランダガラシの群落がみられたが、これは在来の水生植物のハビタットにもなりうる。
 鬼怒川の中流域で、後背水域の周囲、礫質の河原、細かい砂が堆積した高水敷の3 つの異なる立地で、同じ面積に出現する植物種数を比較すると、後背水域では他の立地の1.7 倍から2 倍の種数が出現していた。 また、3 つの立地に出現した全種数のうち、後背水域周辺にしか出現しないものが40 %前後を占めていた。このことは後背水域の存在が河川敷の植物種の多様さに大きく寄与していることを示すものである。
 多くの種が生育できる背景として前述のような、後背水域がもつ規則的な構造が挙げられる。後背水域がつねに止水環境と伏流水の湧出、砂質の堆積地と礫質の堆積地、水深の深浅といった一定の立地環境の組み合わせをもって形成されることが、多くの種の成育を可能にしているのである。

■礫床河川における後背水域の重要性
 礫床河川ではカワラノギクなど河原に成育する植物に保全上重要な種が多いことから、植物の生育立地としては礫質の河原が注目されることが多い。もちろん、礫床河川の環境の中核をなし、最も重要度が高いのは乾燥した砂礫地であろう。 しかし。一方では乾燥した河原の中に後背水域が形成されることは、河川敷の自然環境にアクセントを与え、河川敷全体の生物種の多様性を増加させているといえる。ここで述べたような後背水域の形成が礫床河川本来の特性であるとするなら、こうした立地も含めた河川環境の保全を考えていかなければならない。 今回の調査で,礫床河川の後背水域には自然の低湿地や放棄水田のような止水域を生育場所とする植物が数多くみられた。こうした場所が年々少なくなる中、礫床河川の後背水域は低湿地の湿生植物の避難場所として重要な機能をもっているのではないかと思う。今後は自然性の異なる他河川との比較をおこないながら、後背水域の河川生態系における機能について明らかにしていきたい。



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